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募金とわたし


札幌駅の南口付近で先日、数名の学生さんたちが「あしなが募金」の募金活動をしていたので1000円ばかり入れさせてもらいました。
あしなが募金は、事故などで親をなくした子供たちのために使われるもので、私も募金したいなとは思いながらもなかなか機会がなかったんですよね〜。

振込や振替だと、自分の名前が出てしまってなんとなく気がひけちゃうんですよ、それに対して募金箱っていうのは匿名で、額を気にせずにまるで自分が風にでもなったみたいに ささっと来て入れて、ささっと通り過ぎることできるじゃないですか?

え、変かなあ?( ̄∀ ̄)

まあまあ、それにしてもまだまだ我が国日本には色々な人が色々な目的で募金活動をしていますよね。あくまで個人的な意見ですが、目立って大きい海外に進出する前に、活動自体は小さくても自国でまだ援助を必要としている人たちは沢山います。どこに寄付するしないなんて、個人の自由だとは思いますけれども、傾向として大々的に宣伝していて 目立ってるところだけが可哀想な気がしてしまいがちです。

ちょっと厳しい言い方をすれば、海外のほうで例えば「ミルクが買えない」とか「子供が病気だ」とか宣伝しているところは多くありますが(どことは言いませんが)、あれは一体何年何十年同じことを言っているのでしょうか?それに、多くの写真には、飢えた子供ばかりが写っていますが
大人はどうしたんでしょう?また政府や国の上の方々も果たして栄養不足なんでしょうか?じゃあ、何故そんなに子供が無事に生まれるの…、と色々な疑問が浮かんできます。


戦後、日本も海外からの援助が全くなかったとはいいませんが「このままでは大変だ」ということで復興に精を出してきた結果、高度成長期を迎え発展し、バブルが崩壊して20年くらいたった現在だって、不況だとはいえども何だかんだ国としてはアメリカと肩を並べるほど裕福になりました。
日本だって始めからお金があって、「のほほん」としているわけではないんですよね。今でこそ「平和ボケ」してるなんて言われますけど。私たちの素晴らしいご先祖様が努力して国を作って下さったからこその賜物なんです。

もっと厳しい言い方をすれば、貰うところは貰うばかりで どの世代も「言えば貰えるからいいや〜」という感覚なのでは?と疑ってしまうことが多々あります。政府や王様もいて、1独立した国が何をしているんでしょうか?

私は寄付するお金には二種類あると思います。ひとつは、「ただただ消費されていくお金」、もうひとつは「資本となるお金」。

どちらになるかは、お金を使う人に委ねられます。前者は、例えば今お腹がすいたから貰ったお金でパンを買って食べて排泄して寝て…、というもので、なくなったらまた「ちょうだ〜い」になるお金。

後者は、とりあえず必要なだけの物を買って 自らお店を始めてお金を増やすとか、「今日は建物の基礎を作ったぞ」とか明日の希望に繋がるようなお金。


寄付だから募金だからといって全部同じではないと思います。自分は前者がいいか、後者がいいか考えたうえで、これから自分が寄付しようとしている先がどちらに該当するのか見極めていく必要があると思います。

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